SSブログ

考えてみると [つれづれ]

今になって考えてみると小学校のころは何らかの自分のプライドのために生きていたようだ。

そして徐々に「結果」を意識するようになり、それでも結果がでなかったことで、プライドと相談して何らかの言い訳を頼りに生きてきた節もある。

たとえば水泳で大成しなかったのは始めたのが12才と遅かったからだというもの。小学低学年から始めた人たちにどうしてもおいつけなかった。しかしこれは今やっと考えられるのは、そう思っていたことが大成しなかったことの主な原因で、素質云々は今となってはわからない。しかし白血病を潜り抜けてもなお復活する彼女を見ているとやはり生まれながらに備わったものは大きいと認めざるを得ないのかもしれない。

学歴に関しては、国家試験を3ヶ月の勉強で軽々突破できたことから、全く頭が悪いわけでもないのだろうが、あの時は自分があの時の教育、受験というものに従うことが自分の時間を無駄に奪うと考えていたことは確かだし、自分が自分を磨く方法でも、記憶一辺倒に見える受験さえものる超えられると考えていた。実際数学の先生たちも自分のことを認めてくれたことが自分のプライドを支え続けた。なにも考えず、1年間棒に振ったかもしれないような勉強を周囲の環境にあわせてやっていたら、また結果は違っていたのかもしれないが、そうであったならば自分は医学の道へは進んでおらず、今の結構気に入っている人生を歩むことはなかったのだろうし、もう一つあったかもしれないような人生を想像したりもしない。

さて、高校を卒業して自分とは違う人間を初めて発見してから、自分の人とは?愛とは?の旅が始まったわけだが、それはあまりにも遠く、存在自体も危ぶまれるものであり、おおかた自分は目をつぶり、頭を真っ白にして、ただの人生を仕返しのように謳歌した。そして時々そのあるかないかわからないものを追い求めようとして傷つき、疲れて諦めるというくり返しを続けてきた。

また、それ以外の人生は自分の正義を貫くことであった。正義という言葉が正しいかどうかわからないが、自分が正しいと信じることである。それは、自分が正しくないと信じることは認めないというものだった。自分が正しいと感じられることが自分の人生の糧なのであった。自分は性欲以外のものであれば、実際かなり正しかった。そしてそれを主張し続ける位置に居続けることができた。それは幸せなことだったと思う。

今の妻を選んだのも、おそらく自分が正しいことを証明してくれる存在だったからである。

そして、ある日自分は正しい、妻は間違っている、から解き放たれるのである。考えてみれば自分は今まで自分と意見のあった人としかうまく付き合うことができなかった。それでよいのかもしれないが、妻の場合はそうはいかなかった。こどもたちはいつかわかってもらえるかといえば大間違いで、実際妻は彼女の元の家庭の間違った部分を多く引き継いでいるからこそ、間違っているのだ。

自分が正しいと思っていることを指摘されて怒ることを「逆ギレ」と子供に告げられた瞬間文字通り自分はキレてしまった。そんな自分に違和感を感じ、なぜそんなに気持ちになったのかを考えて、自分が自分の正しさのために生きてきたという事実を手繰り寄せたのだった。それまでは妻の間違いは自分を慰めてくれるもの、安心させてくれるものだと考えていたのだが、どうやら、この結婚が相手を認めないところから始まっていたことにおどろき、逆にそれは正しくないのではないかと考えた。いつも子供たちに言っているように、いろんな見方がある、相手になって見てごらん。を当の自分が自分のひとりよがりの正義に依存して強引な考え方を押し付けようとしていたのだ。妻がちょっと注意したことでいつもキレるはやはりこの「おまえ間違っているだろ!」の圧迫があったからだと初めて気づいたのだった。


nice!(1)  コメント(0) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。