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55分事件序章 [子育て日記]

自分がまだ中学生のころ、母親の作った料理を投げつけたことがある。いまだにことあることに思い出して、そのたびに取り返しのつかない後悔の感情を感じる。

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あの頃自分は毎日1万メートル以上泳ぐ毎日で、ギリギリの生活を送っていた。両親は自分が机上の勉強することに対しての興味は強いのだが、水泳に関しては傍観的であり、自分の試合などに一度だけ母親が見にきたことがあったかどうかくらいであった。逆に言えば、自分が中学になってから水泳にのめり込むことを寛容してくれていた。ただ、他の選手クラスの子供の親は遠いところを毎日送り迎え、どころかスイミングスクールに近いところに引っ越しなど、子供の水泳に対しての協力を惜しまない(ように見えた)そのぶん期待も大きかったのだろうと今になっては思う。つまり親の目標(課題)と子の目標が一致していたのだろう。おそらく自分の中にこんなに苦しい毎日に親は協調してくれない孤独感を感じながらも自分で決めたことだから多くを望めないことを自覚はしていたのだとおもう。そんななか毎日夜22時ごろ帰宅するのだが、疲れ切って、やっと辿り着き、動けなく、食べられなくなるまで帰宅してから10分位しかない状態が続いた。なのでその間に食事をしないと食べずに寝てしまうことになり、翌日の練習はボロボロになって、芋づる式にズルズルと崩れていってしまう。だから帰宅した時すぐの食事ができないと、それだけは重々お願いしていた矢先に、食事の用意ができておらず、切れてなにながら食事を放り投げたのだ。

どうすればよかったとかではない。そもそもスポーツばかりして勉強ができないことは、我が家の方針に反していたのだ。だから親からしてみれば遅く帰ってきた挙句、他の子の食事はとおに終わっている上に(しかも練習前にも食べている)夜中にもう一度食事など逆に迷惑だったに違いない。あの後じぶんがどうしたか、母親がなんと言ったか、全く思い出すことができないが、理不尽な自分の行動を怒られなかったことだけは自分の感情の中に残っている。おそらくだからこそ、あの事件を思い出すたびにあの時の母親の気持ちを探り、自分を叱咤する自分がずっとあり続けるのだろう。母親が生きているうちに結局話をすることはなかったが、おそらく忘れていただろうとは思うが自分の中のエポックメイキングとしてずっと心に残り続けている。



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