SSブログ

正しいとか間違いとかはない [つれづれ]

患者中心という紋所を振りかざし、総合医が正しい。というのは間違い。社会的入院をシェアしましょうと総合医が提案するのも間違いだった。ただ自分は最も必要なところの需要にはなりたいとは思っている。


th_IMG_6660.jpg


 


 

これまでは、自分の考えが正しい。でも正しくない教育が行われてきたからそしてまた正しくない行政が行われているので、ここはどうしようもない。具体的にいうのであれば、日本の医師の99%が専門医であり、自分の専門の病気を診ることに価値を見いだすように育てられ、それ以外はしょうがなく診ている。ところが高齢化が進み、多くの病気を同時に持っている人。はっきりした病気がないが生命力が耐えそうな人、専門性の高い病気を持っているが、その治療に耐えられない人、精神面が症状の出現に関与している人、診断がつかない人。が増加し、彼らを診る人、の必要性がどんどんましていて、その人達をカバーするには十分なマンパワーが必要なのに、専門医の枠をお上が操作することもなく、ただ、なりたい人がなりたい専門へ進んでいる。よってマンパワーのない総合医の負担は増え、なり手のない悪循環が続いている。というぐあいなのである。よって自分は若い人が専門医を選ぶのは当然としてジェネラリズムを受け付けることが自分の使命だと考えてきた。そのために、「どんな患者でも自分が診ることができるのならば診るべき」といういわゆるべき論を押しつけてもダメであることがようやくわかってきた。27年目。これまではジェネラルに診ることができることの価値をもともと持っている人たちと一緒に働いて来たということもあるが、考えてみたら、患者さんをむげに扱うことをよしとするような医師はこの世にほとんどいない。ただ、楽な方、自分にとって価値のある方に流れることを許される空気を作るグループの中で時々そのような状況になり、そんなときそこに総合医というカモがいれば彼らの仕事の内容など、関係なく、利用しようということになる。実際そういう地獄を見てきたのだが、それはそれで、自分達総合医も「俺たちは間違っていない。患者のためにいいことをしている」というヒロイズムがあった気もするし、専門性で命をけずりながら命を救っている人たちから診ればちゃんちゃらおかしくみえるかもしれない。これからの自分は専門医は専門の病気を診るのが仕事、若い専門医もそう。だけど、幅広い奥深い医師を目指すのなら特に若いうちはいろいろと経験をするのもよし、そしてその時に得られるものを具体的に示してあげることが重要なのかもしれない。そして総合医といってもひとりでは何にも出来ないことを理解してもらう。まず相手を知る。そして理解してもらうこの精神でどこまでやれるか!?これからが試練であり、自分の成長のチャンスだと思っている。

nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

新しい職場今日の散歩 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。